人々が⽔産物を扱いながら、刻⼀刻と変化する市場の流れに⾝を投じている。そんな豊洲市場の⼀⾓で、台湾出⾝の林⽂舜さんは、外国⼈として日々奮闘している。⽇本の⽔産業に惹かれ、この業界に飛び込んだ彼は、⾔葉の壁や⽂化の違いを乗り越えながら、⿂市場ならではのスピード感あふれる仕事に挑戦してきた。彼の 3 年間の経験を通して⾒えてきた⽔産業のリアルな姿と、未来を⾒据えた挑戦の物語を聞いた。
【プロフィール】
林 ⽂舜(りん・ぶんしゅん)
⼤都⿂類株式会社 海外部事業課
1997年台湾台北市⽣まれ。2019年致理科技(ちりかぎ)⼤学応⽤⽇本語学科卒業、同年来⽇し専⾨学校東京スクール・オブ・ビジネス(現 専⾨学校東京ビジネス・アカデミー)に進学。2022年4⽉より⼤都⿂類株式会社海外部事業課に就職。主に⽔産物の輸出を担当し、ベトナム、ノルウェー、オーストラリアなどの⽣鮮サーモンやアワビを取り扱う。
⿂の取引で決め⼿となるのが信頼という名のブランド⼒
――本⽇はよろしくお願いします。まずは、⾃⼰紹介をお願いします。
林⽂舜(以下、林): 林⽂舜と申します。台湾台北出⾝で、⽇本に来たのは5年前です。半年間⽇本語学校で勉強し、そのあとに専門学校で国際貿易を 2 年間学んで、卒業したのち⼤都(だいと)⿂類という⽔産物卸売会社の海外営業課に就職しました。⻑期的に⽇本で働きたいと考えています。
――豊洲市場で働くようになった経緯を教えてください。
林:家族が台湾の⽔産関連の卸売市場内で卸売業者と⼩売業者を仲介したり、ホテルやレストランに卸したりするような仕事しており、世界的に有名な⽇本の⽔産業、とりわけ養殖技術や品質管理を近くで学びたいと思い、豊洲市場での就職を希望しました。
――⽇本の養殖技術や品質管理には、どのような特徴があるのでしょうか?
林:⼀部の養殖場では、特定の果物やハーブなどを加えた飼料を使⽤することがあります。それは単に⿂の⾵味に良い影響を与えるためだけではなく、ブランド戦略にもなっています。
また、⿂の品質を⾒極める基準も厳格です。品質が悪いものは市場に出回りません。しかし、海外に輸出された⿂は必ずしも 100%完璧な形状とは限らず、多少の傷があるものもあります。その場合、通常価格より安く取引されることになります。
――⿂の価格を左右する主な要因は何でしょうか?
林:基本は①見た目、②サイズ、③ブランド⼒の 3 つです。特にブランド⼒が重視され、高く評価される傾向があります。
――ブランド⼒とは具体的にどのような⼒でしょうか?
林:漁業には養殖と天然の2つの漁獲があり、例えば養殖ですと、⿂を安定して供給する⼒になります。そういうことができるのはやはり⼤⼿の会社になります。
天然の⿂もいっしょで、天候や漁場の状況によって変動しやすい漁獲を、⻑年の経験と広範なネットワークを活かし、まるで養殖のように年間を通じて安定的に供給することができるのが大手です。しかも、天然の⿂は個体差が⼤きいため、本来ならサイズや脂の乗り具合にばらつきが出やすいのですが、⼤⼿は選別基準を設け、選別・冷凍・保管・輸送までの⼀連の流れを徹底管理することで、商品ごとの品質の差を最⼩限に抑えています。
その努⼒がブランド⼒となり、今シーズンの漁獲の品質がどうであれ、ブランドの知名度が⾼ければ、それが第⼀の選択肢となることが多いのです。だからといって、⼩規模の会社が漁獲する⿂が、⼤⼿ブランドと比べて劣っているわけではありません。
――要するに、⼤⼿ブランドは “漁獲の不安定さを管理し、安定した品質と供給を保証できる⼒”を持っているのですね。
はい。しかも、効率的に抑えることもできます。結果として、競争⼒のある価格で安定供給ができ、取引先からの信頼をより強固なものにしているといえます。
マグロの品質を目視でチェック。魚の仕入れではこの目利きが重要となる。
外国⼈であっても尊重し、受け入れる仲間意識に感銘
――海外営業課に⼊ってからの 3 年間で、特に印象に残っている出来事はありますか?
林:私は課内で唯⼀の外国⼈なので、⼊社当初は色々な不安がありました。上司に対して正しく敬語を使えているか、同僚とうまく関係を築けるかなど、たくさん考えました。
しかし⿂市場で働いて 3 年が経ち、今振り返ってみると、悩みの多くは私たち外国⼈が持っている“⽇本の職場⽂化”に対する固定観念、あるいは偏⾒から生まれていたことに気づきました。
――「余計な⼼配をしたなあ」という感じですね。
林:そうですね。⿂市場では効率とスピードが最優先されるため、上司は語彙⼒や敬語の正確さなどを気にする暇がありません。重要なのは仕事をきちんとこなせるかどうかだけです。実際、上下関係はそれほど厳しくなく、形式的な部分よりも現場での実⼒が評価されます。
さらに、外国⼈である私がこの業界に飛び込んだこと⾃体を尊重してくれる雰囲気があります。⽇本⼈ですらあまり選ばないような伝統産業に挑戦しているからこそ、細かいことを厳しく指摘されるのではなく、むしろ親切に教えてもらえることのほうが多いのです。
伝統産業の現場では、お互いを⼤切にしています。厳しい環境の中で働くからこそ仲間意識が強く、助け合いながら仕事を進めていくのだと実感しました。
豊洲の魚市場は早朝からたくさんの漁業関係者で賑わい、多くの魚がやり取りされている。
⽇本での経験を活かし、台湾で起業するのが夢
――⿂市場の仕事では、どのような人材が求められているのでしょうか?
林:この業界では、まずリアルタイムの情報収集と迅速な対応が求められることを理解してほしいです。⿂の種類や相場、季節ごとの供給変動を常に把握し、適切な価格で取引を進める能⼒が必要です。また、市場、漁師との関係構築も重要で、日々のやり取りを通じて信頼関係を築くことが求められます。
――単なる“⿂を売る”だけではないのですね。
林:そうですね。私の場合は、⽔産に関する知識を学びながら顧客のニーズを理解し、最適な提案ができるように仕事をしています。
「この⿂の価格が⾼すぎるなら、代替品として〇〇を提案できるか?」
「この顧客は品質重視か、それとも価格重視か?」
「どうすれば顧客にとって最も有益な取引になるか?」
などをいつも頭の中で考えています。
――テレビ番組でよく見られる⿂市場の従業員の毎⽇は、⼀般⼈と違うところがあるようですが、それはどうでしょうか?
林:市場はきれいなオフィスとは程遠く、⾦融業界のような華やかさもありません。
夜明け前から働いているため、勤務時間も通常の会社員とは大きく異なります。
早朝から⿂を扱い、市場を駆け回り、臨機応変に対応することが⽇常茶飯事。ロマンチックなイメージだけで飛び込むと、ギャップに驚くかもしれません。
――林さんはこの⽣活に慣れましたか?
林:はい。この仕事は経験の積み重ねが重要で、最初の 1 、2 年で市場のすべてを理解し、慣れることは難しいかもしれません。しかし、時間をかけて業界の流れをつかめば⼤丈夫だと思いますよ。
――ではキャリアに関して、将来の展望を聞かせてください。
林:将来の⽬標としては豊洲での実務経験を活かし、台湾で⾃分の会社を立ち上げたいと考えています。実際に⽇本の市場で経験を積むことで、台湾に戻ったときにシェフやレストランに対して取引の信頼性が高まり、お互いの信頼関係を深く築くことができると思います。
――最後に読者にメッセージをお願いします。
林:⽔産業はその国の⾷⽂化や経済と深く結びついた産業です。実際のところ、私たちはこの業界に多くの⼈が参⼊することを求めているわけではありません。重要なのは、この業界で長く腰を据えて取り組む覚悟のある⼈が加わることです。しっかり考えた上で、それでも「これが⾃分の情熱を注げる仕事だ」と思えるなら、ぜひ挑戦してください! きっと⿂市場の仲間たちはあなたを温かく迎え入れ、惜しみなく知識を教えてくれるはずです。
日本での経験を持ち帰り、母国・台湾での成功を夢見る林さん。その目は活き活きとしてやる気に満ちていた。
取材・文・撮影/キョ チチェ